引き算の経営

新潟経済社会リサーチセンターの江口知章です。

私どもの機関誌「センター月報」では、毎月、井門観光研究所の井門隆夫先生より、地域活性化や観光振興などに役立つヒントやアイデアをご紹介いただいております。

今月の「センター月報8月号」では、今後の旅館経営について、ご寄稿いただきました。本日はその原稿の一部をご紹介いたします。

 

引き算の経営

 

客数を減らす発想


1.引き算の経営
 
戦後、これまで観光は常に「足し算」だった。あらゆる顧客層を足し算してきた。あらゆる施設・設備も足し算し続けてきた。しかし、その結果、旅館の特長が見えなくなり、クレームも増えて従業員は疲弊し、施設効率も悪化。地域内の競合での客の奪い合いとなり、周囲の競合がいなくなることでバランスを取らざるを得なくなっていないだろうか。これでは地域が衰退していくばかりだ。
 
(中略)
 
これからは、顧客層を引き算し、施設や設備も引き算してシェアしていく。そして顧客の満足度を上げ、連泊・滞在や推奨・拡散につながるリピート客を創造していくことで、総客数が減っても地域全体が生き延び、発展する絵が描けるようになる。新型肺炎禍で総客数が減少している今こそ、引き算の経営を計画すべきときだと思う。
 
2.客数を減らす
 
しかし、引き算をすることをためらうのがふつうだ。それでは売り上げが減ることが目にみえているからだ。
 
(中略)
 
新型肺炎禍で、もっとも減少が大きいと感じるのは、高齢の顧客層だろう。この世代は今まで50年間にわたり日本の観光を支えてきた世代だ。この世代が消えてしまうと、新しい顧客層を取らざるを得ない。しかし、高齢客もまったくゼロになるわけではないので、混在することになり、経営の方向性が徐々にみえなくなってしまう。混在を完全に避けることは困難なので、完全なる引き算ができない過渡期には、うまくすみ分けを図る等の工夫が必要になってくる。
 
一方、完全に引き算のできた旅館もある。山形県米沢市にある「時の宿すみれ」は10数年前に「おふたり様専用の宿」として生まれ変わり、順調な経営を続けている。お二人様だけを残し、それ以外の顧客層を引き算した。お二人様といっても夫婦やカップルばかりではない。親子や兄弟、戦友、様々なお二人様がいる。これにより、オペレーションを単純化するとともに、単価も上がり、館内の雰囲気やお客様の満足度も向上した。
 
(中略)
 
顧客層やサービスを絞ることは、他の顧客層を排除することになり、過渡期にはしばらく生みの苦しみの期間が生じてしまう。
 
(中略)
 
しかし、それを乗り越えたとき、顧客が定着し、人口が減少しても生き延びることのできる経営を実現することができる。
 
「客数×滞在日数×訪問回数×消費単価×推奨率」の積を最大化することが、21世紀における売上確保の方程式だ。20世紀までは客数が自動的に増えたのでそれ以外を考慮しなくてよかったが、これからは違う。どの数値をどうやって伸ばすのか、それぞれの地域で考えなくてはならない。引き算の経営とは、客数をあえて減らし、それ以外の変数を増やす戦略である。
 
3.ホテルでキャンプ
 
季節により引き算のやり方を変えている宿もある。長野県白馬村のホテル五龍館は、冬は訪日スキー客、夏はファミリー客にほぼ特化している。ファミリー客といっても、キャンプを目的とするファミリーで、新型肺炎でアウトドア志向が高まっている今夏は特に予約が多いという。
 
ホテル五龍館では、キャンプ&ホテルプランを20年近くにわたり実施してきてリピーターも多い。他のホテルがどこも真似をしないというのが不思議なくらい、毎年数百名のお客様に支えられている。このプランは、キャンプ道具は何も持参する必要がない。すべてホテルが用意している。夕食のバーベキューも、グリルも寝具も、食器や着火剤まですべてホテルが準備し、後片付けもスタッフが行なう。それなりのサービス単価はいただきつつ、キャンプ道具を持たないファミリーをターゲットとしている。「手ぶらでキャンプ」が、このプランの最大の特徴だ。とりわけ、シングルマザーのファミリーには男手がなくてもキャンプを体験できるので好評のようだ。
 
そして、テントに泊まりたくない方用に「控えのホテル」が用意してある。近くのスキーヤーズロッジを夏の間借り切り、テントで寝たくない女性や雨天時のバックアップとして使う。翌日はホテルに泊まる2泊プランが通常型プランだが、今夏はキャンプ1泊だけのプランも販売している。ホテルなのにキャンププランを売るという発想は、一見足し算のようにみえるが、ファミリーに特化することで、顧客層の引き算が完成している。
 
(中略)
 
賃金や景気が大幅に下がった2020年の翌年である2021年には観光客はさらに減る。そうした時代に、無理やり客数を増やそうと考えるのではなく、客数は減るものだと割り切り、引き算の経営にシフトしていくことが必要ではないだろうか。



井門隆夫(2020)「観光イノベーションで地域を元気に 第40回」『センター月報』2020年8月号

感想

「客数×滞在日数×訪問回数×消費単価×推奨率」の積を、客数を減らしながら最大化するには各宿の相当の工夫が必要です。

そのためには、今回、事例で紹介されていたようにお二人様やファミリーといった具合に、顧客対象を絞ることから始めてみてはいかがでしょうか。