新潟経済社会リサーチセンターの江口知章です。
私どもの機関誌「センター月報」では、毎月、ビシネス心理学講師 酒井とし夫氏より、商売に役立つ心理学的なヒントやアイデアなどをご紹介いただいております。
今月の「センター月報3月号」では、試着・試乗といった「お試し」サービスを活用した販売方法について、ご寄稿いただきました。本日はその原稿の一部をご紹介いたします。
お試しサービスを活用した販売
人は自分の所有しているものに高い価値を感じ、愛着を抱くようになります。
だから、人間心理をよく知っている商売人やセールスマン、販売員はお客様に次のようにいうことになります。
「どうぞご試着ください」
「手にとってお試しください」
「試乗してみますか」
「無料ですので2週間お試しください」
「30日後でも返品可能ですので使ってみてください」
人は一度、所有する、身につける、試着する、試乗する、モニターの使用をすると、保有効果が動き出しその商品に愛着が湧き価値を感じるようになるわけですから、上記のような販売方法は理にかなっていることになります。
ここ数年、断捨離がブームになっていますが、これは家の中のものを片付けられない、自分が持っているものを捨てることができないという人が増えているということです。あなたにも長年使ってきた腕時時計を捨てることができない、以前使っていたガラケーやスマホを捨てることができない、昔着ていたスーツを捨てることができないという経験はないでしょうか。
これも保有したものをなかなか手放すことができないという人間心理を考えると納得できます。人はいったん手に入れたものを手放すのが難しいのです。
「私が猫を飼った理由」
私は生まれて初めて猫を飼い始めた日のことを今でもよく覚えています。地元のペットショップになにげなく入った私と家内はゲージに入れられていた猫をガラス越しに順番にみていました。そして生まれたばかりの一匹のロシアンブルーの子猫をみつけました。
「この猫ちゃん、かわいいネ」
としばらく見ていたらペットショップのオーナーが近づいてきて、私たちにこう言ったのです。「猫ちゃんを抱いてみますか?」
「えっ!?」
と戸惑っている私と家内を気にすることもなく、オーナーは慣れた手つきで扉の鍵を開けてその子猫をゲージから取り出して私に抱かせてくれました。手のひらに乗るような小さな猫でした。両手で抱きかかえた胸元でミャーミャーと鳴いていました。私はその子猫の姿を目の当たりにして、
「かわいい…」
と思いながら、
「ちゃんと飼えるかな?」
と考え始めていました。「もし飼ったならどんなものを食べるのだろう?名前は何にしようかな?」
と妄想は広がります。後から考えるとこの時点で私の保有効果が動き出したのです。そして、結局、私と家内はその子猫をその日のうちに家に連れて帰ることになりました。
その後、何度か同じペットショップに足を運んでいますが、オーナーはやはり猫をみているお客様がいると
「猫ちゃんを抱いてみますか?」
と声を掛けて、鍵を開けて抱かせています。人はいったん所有するとその対象に価値と愛着を感じることをこのオーナーは経験的に理解しているのかもしれません。
(中略)
以前テレビで東北地方の小さな家電店の様子が放送されていました。そのお店は近隣の大型量販店よりも大型テレビを数多く販売する優良店なのですが、そのお店も大型テレビを「保有させる」ことによって販売につなげていました。
具体的にはモニターという名目で希望する家庭に一定期間無料で大型テレビを貸し出し設置するのです。すると
(中略)
高い確率で購入希望者が増えていたのです。
(中略)
「試着してください」
「試乗してみますか」
「無料ですので2週間お試しください」
といわれて服を着てみる、車に乗ってみる、試してみるとその瞬間からお客様の心の中で保有効果がスタートします。
もちろん、全員が「愛着を持って、価値を感じ始める」わけではありませんが、売るのが苦手な人、セールスが苦手な人は「保有してもらう」ということを目的に営業をすると、一定の割合でその商品やサービスに愛着と価値を感じるお客様が現れることになります。
酒井とし夫(2019)「街でみつけた商売繁盛心理学 今すぐできる選りすぐりのアイデア 第36回」『センター月報』2019年3月号
感想
買い手側からすると、商品を購入する意志の強いケースでは積極的に試着・試乗といった「お試し」サービスを利用して、その商品を見比べるのは良いのですが、反対に商品を購入する意思がかたまっていない場合は、気楽に「お試し」すると、ついつい財布の紐が緩みがちになるかもしれません。上手に使い分けたいものです。