ジャズで街に 賑わいを

新潟経済社会リサーチセンターの尾島です。今回は新潟市とジャズとの関わりのほか、ジャズストリートやジャズ喫茶に取り組むNPO・企業をご紹介したいと思います。

 

地方叢生の視点

新潟市とジャズの関係

新潟は昔からジャズが盛んで、演奏者やジャズを演奏する店舗などの多い土地柄です。その大きな理由として第2次世界大戦後の進駐軍とアメリカ文化センターの存在がありました。

1945年9月、新潟市にもアメリカ軍が来港して市内に司令部を置き、新潟空港が米空軍のキャンプとして接収されました。日本人のミュージシャンがキャンプのバーやクラブで専属バンドのメンバーとなり、彼らは新潟の繁華街でも本格的なジャズを演奏したのです。さらに、日本の民主化を進めようと設置されたアメリカ文化センターでは、本国の雑誌・書籍などが置いてあり、盛んにレコードやテープによるジャズ鑑賞会が行なわれました。

昭和の好景気とともに、全国にたくさんのキャバレー・クラブができると、バンドが活躍しジャズの全盛期を迎えました。新潟へ行けばジャズが演奏できるとの噂から多くの優れたミュージシャンが仕事を求めて新潟にきたのです。また、1964年6月16日に発生した新潟地震の直後、初来日して東京で公演中だったデューク・エリントンは、新潟の惨状を聞き、次に予定されていたハワイ公演をキャンセルして新宿で新潟復興支援コンサートを開催し、収益金を全て新潟市に贈るエピソードを残しました。

新潟市は地方都市としてはジャズの公演が多く、新潟市名誉市民となったデューク・エリントンと彼の楽団を始めビル・エバンス、マイルス・デイビス、キース・ジャレット等、多くのジャズ界の巨匠達が来港し、新潟のジャズ愛好家が生まれました。

ジャズストリート

新潟ジャズストリートの開催

続いて、新潟ジャズスリトートを開催しているNPOに対して、インタビューした結果をご紹介したいと思います。

NPO法人新潟ジャズストリート
主な事業: 新潟ジャズストリート開催(新潟市)
代  表:和田孝夫

新潟ジャズストリート実行委員会の経緯~

1970年代は、レコードコレクターやオーディオファンが増えてジャズブームを引き起こしました。新潟でもこの時代に多くのジャズファンが生まれ、ジャズを聴ける店舗の数が増えました。

その後、音楽の流行はジャズからポップスへと変化し、ジャズは冬の時代が続きました。ジャズは他 のポップスと混じり合って「クロスオーバー」 「フュージョン」が誕生し、多様化の時代を迎えました。1980年代には各地で大規模な音楽フェスティバルが開催されるようになると、再びジャズが熱を帯び始めましたが、地方にある商店街では、街なかの賑わいが次第に失われていきました。

街に、かつてのジャズが盛んだった頃の賑わいを取り戻すためには、大きなホールの開催だけでは街なかに人も来ないし資金的にも長続きしません。そこで個々の店舗で同時にジャズのライブ演奏を開催しようという案が生まれ、2003年1月22日に「新潟ジャズストリート」第1回が開催されました。以降、毎年1月と7月の年2回開催されて街中にジャズが響き渡るその日、新潟は「ジャズの街」に様変わりします。

~本物のジャズをステージで演奏~

今年も1月18日に第35回となる新潟ジャズストリートが開催されました。古町地区を中心にジャズ喫茶店、ホテルなど26会場において、約160組860人の出演者が演奏を行ないました。他にも会場として市民プラザ、音楽文化会館、NEXT21のアトリウムに特設ブースが提供されて賑わいをみせました。

チケット購入の観客数は2,500人を超えて、観客からは「とても手軽なチケット代で、どの会場にも入れてとても楽しめました」「ジャズにふれる機会が少ないので楽しめた」「歴史と会場数、そしてアーティストの数の多さに驚きました」など多くの声が寄せられました。

街を挙げてのジャズイベントが17年間も続き、しかも盛況である背景には、昔からのジャズファンが高齢化のために減少するなかで、新しいジャズ演奏者とジャズファンが増えてきていることがあります。今年も県内の高校生や中学生のバンドによるジャズが演奏されました。また、近年は「ジャズを自分で演奏してみたい」という人が増えており、中古の楽器が手に入りやすくなったこと、少子化の進展により音楽教室が成人を対象としたことで、初心者でも楽器演奏の指導機会を受けやすくなったことがあります

~イベント運営者の継承が課題~

新潟ジャズストリートには、新潟市内からはもちろん、県外からの来訪客もあるなど、今年で17年目、35回と回を重ねた結果、その知名度も高まってきています。事業としての採算面は厳しいものの、演奏者も聞く側も本当にジャズを愛して止まない人たちが集う場所となっており、開催の要望が続く限り継続したいとのことです。イベントの運営は、手弁当であり、その多くが開催店舗とボランティアによって支えられています。

ジャズ喫茶スワン(Modern Jazz&Coffee Swan)
創  業:1964年(新潟市)

~ジャズ喫茶店に取り組むきっかけ~

元々は古町でクラッシックやポピュラー音楽を聴かせる名曲喫茶スワンを1964年の新潟地震の後に、和田氏の父親がジャズ喫茶店として引き継いで開店されました。和田氏は、大学卒業後、店の手伝いやレコードの買付けをしながら、自分でもサックスを演奏していた経歴を持たれています。

現在は、亡くなったジャズファンの遺族からの贈与などもあって、LPレコードの収蔵は3,000枚以上、CDも1,000枚以上に増えています。

~ジャズ生ライブでジャズの魅力を堪能~

県内外からのミュージシャンによるライブ、定期的なジャムセッションを開催しています。お客様は男性が多いものの、近年は高齢となり、開店以来のファン層は次第に減少してきています。店自慢のスピーカーは販売台数が少ない名器「JBL4341」とメインアンプ「JBL6230」の組み合わせです。同店のレコード盤の演奏は耳に優しいと、目に障害がある方が介助者の方に付き添われて来店されたこともあって、店の音響の良さを実感されたとのことです。

~現在の課題と今後の取り組み~

平日の店舗の運営は正直言って厳しいこともあるものの、ジャズに親しみ演奏できるジャズライブの会場を提供することにより演奏者とジャズファンをつなぐ役割を担っていると感じており、これからも新潟のジャズ文化を継承していきたいと語られていました。

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『センター月報』2020年3月号の「地方叢生に向けた、地域の取り組み」を加除修正いたしました。