新潟経済社会リサーチセンターの江口知章です。
先日、日本の「山・鉾・屋台行事」が無形文化遺産に登録されました。わが国の無形文化遺産では21件となります。
ただし、世界遺産と比べると、無形文化遺産についてはあまり知識がないことから、今回、その歴史や意義などについて調べてみましたので、その結果をご紹介いたします。
無形文化遺産とは?
そもそも無形文化遺産とは、どのようなものを指し、なぜ、いつ頃から始まった枠組みなのでしょうか。
外務省のWeb Site「無形文化遺産」(2016年6月9日)によると、
文化遺産とは、遺跡や建造物のようないわゆる有形の文化遺産のみを指す概念ではありません。伝統的な音楽、舞踊、演劇、工芸技術といった無形の文化も、有形の文化遺産と同様にその国の歴史、文化、生活風習と密接に結びついた重要な文化遺産です。
これら無形の文化遺産については、グローバリゼーションの進展に伴い、世界各地で消滅の危機が叫ばれるようになりました。こうした状況を踏まえ、ユネスコの場においても議論が重ねられ、2003年のユネスコ総会において「無形文化遺産の保護に関する条約」が採択されました。この条約は2006年に発効し、2016年6月現在の締約国は168か国を数えます。この条約により、これまで世界遺産条約により保護が図られてきた、有形の文化遺産や自然遺産に加え、無形文化遺産も国際的水準で保護していく枠組みが整いました。
外務省のWeb Site「無形文化遺産」(2016年6月9日)
と記述されています。この枠組みが生まれた背景には、無形の文化遺産が消滅するのではないか?という危機意識があったようです。
また、文化庁のWeb Site「ユネスコ無形文化遺産について」(2016年12月現在)によると、
世界遺産条約【有形遺産】(1972年採択,1975年発効)
文化庁のWeb Site「ユネスコ無形文化遺産について」
となっているため、2003年採択、2006年発効の無形文化遺産は世界遺産に比べ、約30年後に生まれた新しい枠組みであることが理解できます。
なお、先の外務省のWeb Siteによると、
日本は、1950年に制定された文化財保護法により早い時期から国内の有形・無形の文化遺産を保護してきていますが、このように無形文化遺産についても保護する制度を持つ国は少なく、日本の取り組みは他国に先駆けたものといえます。国内での豊富な知見を活かし、日本はこの条約作成にあたってもイニシアティブを発揮し、また2006年に開催された条約の第1回締約国会議においては、条約の実際の運用について実質的な審議をしていく無形文化遺産委員国メンバーに選ばれました。
外務省のWeb Site「無形文化遺産」(2016年6月9日)
と記載されています。つまり、無形文化遺産が生まれるにあたり、日本も大きな役割を担っていたようです。
日本の無形文化遺産の一覧
今回、無形文化遺産に登録された「山・鉾・屋台行事」が日本では21件目となりますが、他にどのような遺産があるのでしょうか。
文化庁のWeb Site「ユネスコ無形文化遺産について」(2016年12月現在)によると、次の21件となっています。
2008年
- 能楽
- 人形浄瑠璃文楽
- 歌舞伎
2009年
- 雅楽
- 小千谷縮・越後上布【新潟】
- 甑島のトシドン【鹿児島】
- 奥能登のあえのこと【石川】
- 早池峰神楽【岩手】
- 秋保の田植踊【宮城】
- チャッキラコ【神奈川】
- 大日堂舞楽【秋田】
- 題目立【奈良】
- アイヌ古式舞踊【北海道】
2010年
- 組踊
- 結城紬【茨城・栃木】
- 2011年 壬生の花田植【広島】
- 佐陀神能【島根】
2012年
- 那智の田楽【和歌山】
2013年
- 和食;日本人の伝統的な食文化
2014年
- 和紙:日本の手漉和紙技術 【石州半紙,本美濃紙,細川紙】
※2009年に無形文化遺産に登録された石州半紙【島根】に国指定重要無形文化財
(保持団体認定)である本美濃紙【岐阜】,細川紙【埼玉】を追加して拡張登録。
2016年
- 山・鉾・屋台行事
※2009年に無形文化遺産に登録された京都祇園祭の山鉾行事【京都】,日立風流物【茨城】に,国指定重要無形民俗文化財である秩父祭の屋台行事と神楽【埼玉】,高山祭の屋台行事【岐阜】など31件を追加し,計33件の行事として拡張登録。
このうち、今年に登録された「山・鉾・屋台行事」は18府県33件の祭りで構成されています。33件の詳細については文化庁のWeb Site「山・鉾・屋台行事」(2016年記載)の構成(33件)を参照して下さい。
なお、この33件のうち、京都祇園祭の山鉾行事【京都】と日立風流物【茨城】は2009年に登録されており、ここに31件の行事を追加して、新たに拡張登録した形式となっています。したがって、無形文化遺産は1件減少して21件となったわけです。
今後は、「来訪神:仮面・仮装の神々」の2018年登録を目指しているようです。これは、2009年に登録された甑島のトシドン【鹿児島】に、重要無形民俗文化財である男鹿のナマハゲ【秋田】、能登のアマメハギ【石川】、宮古島のパーントゥ【沖縄】、遊佐の小正月行事(アマハゲ)【山形】、米川の水かぶり【宮城】、見島のカセドリ【佐賀】、吉浜のスネカ【岩手】を追加して拡張提案しているところです。
シリアル・ノミネーションとは
ここで疑問となるのは、拡張提案という言葉です。過去に既に登録した無形文化遺産に、なぜあえて追加する動きがあるのでしょうか。
この点については、以前「おせち料理と世界遺産の意外な関係とは?」でご紹介した木曽功氏の『世界遺産ビジネス (小学館新書)』に詳しく解説されています。
著者は文部省(現在の文部科学省)に入省後、ユネスコの世界遺産事業に長らく関わってきた方です。世界遺産や無形文化遺産の登録に関して、現状とその問題点を含めて詳細に説明している、とても勉強になる書籍です。
まずは拡張提案する背景にある考え方について解説されています。
世界の価値基準の進化は、世界遺産の「シリアル・ノミネーション」という考え方にも見られます。
シリアル・ノミネーション(シリアルは「連続性のある」、ノミネーションは「推薦」)とは、たとえば、地理的に離れたいくつかの文化財をひとつのストーリーの下でひとまとめにして推薦することで、専門的には、「複数の連続性のある資産の推薦」と訳されます。今まで単体でとらえていた文化財について、世界遺産はシリアル・ノミネーションという新しいジャンルを作ったのです。
(中略)
小粒でもピリリとしたものをどうやって世界遺産に登録するかを考えていくと、シリアル・ノミネーションに行き着くのです。
木曽功(2015)『世界遺産ビジネス』(小学館新書)
そして価値基準の進化以外にも、シリアル・ノミネーションが生まれた背景についても説明されています。
シリアル・ノミネーションには、世界遺産の推薦枠が制限されている現状に対する苦肉の策という面もあります。
(中略)
現実にユネスコの処理能力に限界があるので、審査件数は毎年50件前後に収斂しています。そして50件に収めるために、ユネスコは各国の推薦数に枠を設けています。
現在、各国に与えられた文化遺産の推薦枠は毎年ひとつです。無形文化遺産も毎年各国1件までですが、2015・2016年について2年で1件でした。しかし1件に対して、国内各地からたくさんの候補が挙がってきます。この数のミスマッチを解決するのがシリアル・ノミネーションなのです。
(中略)
無形文化遺産では、『山・鉾・屋台行事』が現在ユネスコに申請中です。これは、高山祭や秩父夜祭をはじめ、山車や屋台などが出るお祭りを日本中から33件集めてひとつのストーリーを作ったものです。
木曽功(2015)『世界遺産ビジネス』(小学館新書)
確かに最近、登録された世界遺産には、幾つかの資産を組み合わせて構成されたものがあります。「どうしてなのかな?」と何となく疑問に思っていたことの理由を知ることができました。やはり、物事には全て理由があるというわけですね。
感想
世界遺産や無形文化遺産の登録については、華やかな話題として取り上げられますが、ユネスコの処理能力といった難しい問題を抱えていることが分かりました。
また、シリアル・ノミネーションは、これからの地域活性化にとても参考となる考え方だと思われます。つまり、自分の地域のみを前面に打ち出すだけではなく、他の地域とも連携するなかで、自分の地域の魅力を一緒に伝えいく方法も併せて考えていく時代になったのだと強く感じました。