新潟経済社会リサーチセンターの江口知章です。
販売・営業職に就いている方の中には、販売・営業目標が設定されている人が多いのではないのでしょうか。こうした数値目標は会社や自分自身が成長していくためには、とても大切なものです。
ただし、目標にとらわれ過ぎると、時折、「目の前のお客様と向き合えていないなあ…」と感じることもあると思います。そのような時に手にとって読むと、自分の考えが整理できる書籍を本日はご紹介したいと思います。
松野恵介著『ぼくらはお金で何を買っているのか。』のご紹介
本書は、主人公である 呉服問屋の営業部に所属する宮原菜月が マーケティングコンサルタントの指導を受けながら、ビジネスパーソンとして成長する姿を描いた小説です。 小説ではありますが、紹介される事例にはモデルとなる企業があり、実際の取組内容が紹介されています。例えば、以下のように話は進んでいきます。
「商売の基本、ですか?えっと……、モノやサービスを『売る』ことじゃないんですか?」
「ちゃうちゃう。みんなそう思ってしまうんねんな~。モノを売ったらあかんねん」
「えっ、売っちゃいけないんですか?
(中略)
「じゃあ、自分がお客さんになったときのことを考えてみ。奈月ちゃんは、モノを『売られたい』か?」
「あっ――」
「売られたくない、やろ」
「売られたくない、ですね」
「お客さんはな、誰ひとりとして『売られたい』とは思ってないねん」
松野恵介(2020)『ぼくらはお金で何を買っているのか。』クローバー出版 p.66
また、各章の最後に、著者による解説が記載されています。
「売ろう、売ろう」といくら力んでみても、売れる時代ではありません。
「どうしたら、モノが売れるか?」という視点から少し変えて、
「お客様は、今どんなコトに困っているのか?」
「お客様は、どんな情報(コト)を欲しているのか?」
を見ていくと、そこから、
「お客様に、どんなコトをすれば喜んでもらえるのか?」
「お客様に対して、どんなサポートが提供できるか?」
このような視点が見えてくるはずです。
そして、それにより新たな突破口が開けてくるのです。
松野(2020), pp.78~79
こうした小説と解説の双方を読みながら、これまでの自分自身の販売・営業方法を振り返ると、「今度は、新たにこういった取り組みに挑戦してみよう」「次回は、お客様にこうした提案をしてみよう」といったヒントに出会えるではないでしょうか。「お客様と向き合えていないな…」と感じた時には、特に参考になると思われます
感想
マーケティングコンサルタントである著者には 、縁あって10年以上前から仕事をお願いするなど、たいへんお世話になっています。そのため、本書で紹介されている事例はセミナーや他の書籍をとおして学んだことのある事例が多いのですが、小説となると、その取り組みに至った背景を含めて臨場感が感じられ、新鮮でした。
例えば、著者は企業としての独自の思いや、お客様への約束、自分が進むべき方向性を「独自化コピー」として文章でまとめることを提唱されています。その重要性を小説として読む進めることで、理解がより深まった気がします。 事例として取り上げられている中堅建設会社やスポーツ店が何に迷い、どう決断していったかのプロセスは小説だからこそイメージがしやすくなったのかもしれません。
また適宜、掲載されている解説も理解を助けてくれます。独自化コピーについても以下のような解説などがあります。
多くの場合、「理念は理念」「利益は利益」と考えられてしまうことが多いのも事実です。理念経営をしているところは、理念の浸透に時間とコストを掛けますが、「じゃあどうやって売上を上げて利益にするの?」と言われると、「それはソレ」として、別のモノを取り入れたりすることも多い。
社員にしてみれば「あんなにいいこと言っているのに、結局は利益かよ」なんてことになってしまうと、せっかく作った理念もただのお飾りになってしまいます。理念が利益につながることで、また理念を見直し利益つなげてく。この2つは結びついてこそ、相乗効果があるのです。
(中略)
独自化コピーは社外にアピールするものだと思われがちです(実際、その効果も大いにあります)。しかし実は、社内をひとつにまとめる効果のほうが大きい
松野(2020), pp182~184
なお、以前に読んだ書籍に、山口周(2020)『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』光文社 があり、その書籍の中にも、理念とミッションの違いはあるものの、同様の指摘があったことを思い出しました。
ほとんどの日本企業はビジョン(らしきもの)を出すだけ出して実現方法の考察は現場におまかせという状況になっています。
するとどうなるか? 先述した通り、多くの企業で打ち出されているビジョンは「過度に抽象的なもの」か「過度に定量的なもの」のどちらかですから、前者のケースであれば「結局何をすればいいのかわからない」ということで変化は起きず、後者であれば「売り上げやシェアの増分だけ余計に働けというメッセージなのね」と受け取られることになります。
山口周(2013)『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』光文社
企業の規模を問わず、抽象性と具体性を連動させることの大切さ、また、それを言葉で表現することの重要性も改めて実感する良い機会となりました。