未来の宿泊に今払う

新潟経済社会リサーチセンターの江口知章です。

私どもの機関誌「センター月報」では、毎月、井門観光研究所の井門隆夫先生より、地域活性化や観光振興などに役立つヒントやアイデアをご紹介いただいております。

今月の「センター月報6月号」では、草根の取り組みである「種プロジェクト」について、ご寄稿いただきました。本日はその原稿の一部をご紹介いたします。

 

リピーターが地域を救う

リピーターが地域を救う

新型ウイルス肺炎が蔓延し、観光業界も営業自粛から完全復活できない状況のなか、「種(たね)プロジェクト」という草の根の取り組みが進んでいる。これは、旅好きの方々が、懇意にする宿に対して、応援メッセージとともに将来の宿泊代を先に振り込む仕組みである。この仕組みは富山県でホームページ制作業を営む丹羽尚彦さんがボランティアで立ち上げた。かつて東日本大震災の際に一度立ち上げ、その当時、支援を受けた東北の宿のご主人が、今回は全国を対象に再び立ち上げるといいかもしれない、と丹羽さんに声をかけたのがスタートのきっかけだという。
 
仕組みとしては、応援したい宿を選び、一口5,000円で希望口数を応援メッセージとともに送信する。その後、振込口座がメールで送られてくるので、宿泊代金を宿に直接振り込む。すると、宿で用意された3年間有効の前払い証書が郵送されてくるという流れだ。
いわゆる「自家型前払式支払手段」という方式で、未使用残高が1,000万円以下であれば、宿は財務局への届出も不要なので取り組みやすい。5月14日現在、80軒の宿を約2,000人のサポーターが6,200万円を前払いして応援している。
 
しかし、この仕組みにはリスクがある。それは、もしこの宿が将来廃業してしまえば、消費者にとって支払った金額は無に帰してしまう点だ。宿の財務体質を分析せずに、将来の代物弁済が保証されていないなか、誰がそのような無担保融資に取り組むのかと思う方々も少なくない。加えて、宿の側からすると、丹羽さんという個人を知らないと、どこの誰がやっているのかわからず、費用が一切かからないとはいえ、ややうさん臭さが残るというのが正直な感想ではないだろうか。
 
そういう方々は、似たような仕組みで「先に支払い、後で泊まる」という方式を中間業者も展開しているのでそちらを選べばよい。ただし、こちらは手数料が必要である。第三者前払式と呼ばれ、中間業者は1,000万円を超えた残高に対して一定割合の供託金も求められる方式だ。宿側は手数料のほかに割引やアップグレード等、支払い代金以外の消費者への便益が求められることも多いが、消費者に広くPRをしてくれる。
 
こうした事業はいくつも立ち上がればよいと思うが、私は種プロジェクトを応援している。アルバイトもなくなり時間のできた学生ボランティアも募り、サポーターと呼ばれる宿の支援者の登録も手伝っている。毎日の細かな作業も多いのだが、主宰者の丹羽さん以下、
誰ひとり報酬はいただいていない。この災難を無事くぐり抜け、笑顔で迎えてくれる宿と、宿に泊まりにいきたいと願うサポーターとの方々に報いたい一心だ。
 
宿にとっても当面の運転資金の足しになるような金額が得られればよいが、おそらく資金調達を最大の目的とはしていないと思う。このつらい時期に「がんばれ、必ず泊まりに行くよ」と共感してくれる方がいるというコミュニケーションこそが種プロジェクトの意義だと思っている。こういうサポーターの方々は、たとえお金が戻ってこなくても、誰ひとり文句はいわないはずだ。
 
(中略)


種プロジェクトを通して感じたこともある。それは、種プロジェクトに参加する宿は、自らが声をかけられるお得意様を持っている宿ばかりだという点だ。
 
なぜなら、中間業者がPRしてくれるわけでもなく、自らがSNS等を通じて情報を発信しないとサポーターまで届かない仕組みだからだ。つまり、お得意様のデータがなければ参加する意味がない。私たちが応援する意味は、こうした宿なら将来も残り続けると考えているからだ。
 
リピーターが多いという点は、今後の地域観光にとっても重要な示唆を含んでいる。それは、団塊の世代が完全引退し、国民人口の減少が一層進む今後、今まで以上にリピーターがいないと事業継続が難しいからだ。
 
これまで、10年以上、国民人口と旅行実施率のいずれも下がり続けてきたが、それを訪日外国人の増加が補完してくれていた。そのため、廃業もそれほど目立たなかったと思う。しかし、訪日外国人の復活まで時間のかかる今後は、何も策を打たなければ廃業が増える恐れが高い。今まで通りの客数の増加は見込めないためだ。
 
そのとき、地域内の競合宿が消えるので有難いと思ってしまえば「合成の誤謬」の罠にはまる。地域のキャパシティと雇用が失われれば、来訪者が減り、交通は途絶え、経済活動が縮小し、地域としての魅力は減少していく。ミクロでは正でも、マクロでは負となる罠にはまり、衰退に向かってしまうだろう。客数が減っていく時代には「客数×訪問回数×滞在日数×消費単価×推奨人数」の積を高めていく目標を持たねばならない。
 
(中略)
 
リピーターや滞在者が増えると考えれば、提供する食事のあり方も変わってくる。一
見の1泊客を想定したボリュームたっぷりの料理ばかりではいけない。そうした持続可能な観光地経営を考えていくと、おそらく、経営は減収増益基調に向かう。その時代にどうシフトしていくか。地域で関係者を交えた議論を始めるときがきている。



井門隆夫(2020)「観光イノベーションで地域を元気に 第38回」『センター月報』2020年6月号

感想

自然災害が発生した際もそうでしたが、苦しい状況の時ほど、リピーターの方々からの応援に勇気づけられます。

3密を避ける新しい旅行を模索しながらも、井門先生がおっしゃるとおり、リピーターに支持されるような地域づくり、食事の提供方法なども議論する必要があるようです。