遊動観光革命

新潟経済社会リサーチセンターの江口知章です。

私どもの機関誌「センター月報」では、毎月、井門観光研究所の井門隆夫先生より、地域活性化や観光振興などに役立つヒントやアイデアをご紹介いただいております。

今月の「センター月報7月号」では、長期的な視点に立った場合の新型肺炎が観光地にもたらす影響について、ご寄稿いただきました。本日はその原稿の一部をご紹介いたします。

 

遊動観光革命

定住社会から遊動社会へ

少しずつではあるが、人々が移動を始めるようになった。時期尚早ではないかという批判を受けながらも、政府は移動を促進し、経済活動を再開させるGoToキャンペーンをまもなくスタートさせる。とりわけ高齢化が進む日本において、充実した社会保障を続けるためにも、経済活動の回復が必須である。観光事業者も、それぞれにおいて3密回避や衛生管理には余念がない。マスクの着用やソーシャルディスタンスの確保はもとより、お客様にみえないところでも、繰り返しのアルコールでの除菌、お客様のお使いになられた空間のオゾン殺菌などそれぞれ工夫を凝らしている。長野県白馬村のホテルでは、テントに宿泊し、食事をデリバリーする(雨天の場合は控えのホテルに宿泊できる)プランも発売している。今後も経済活動を止めるのではなく、リスクの高い方々に配慮しながら、ウイルスと共存し闘っていくことが人間社会の知恵だと思っている。
 
そしてもう少し大局から俯瞰すると、新型肺炎がもたらした社会変化は、後戻りができないほど大きなものだったと感じている。「人類史のなかの定住革命」を著した人類学者の西田正規先生の言葉を借りれば、それは、「定住社会」から「遊動社会」への回帰だ。「不快なものには近寄らない、危険であれば逃げてゆく」という遊動社会の基本はまさに新型肺炎禍での人々の行動そのものだ。2020年の新型肺炎禍は、少なくとも日本社会の「遊動革命」のきっかけになったと後から気づくのではないだろうか。

海外の定住社会を支えたのは主に宗教であるが、日本の定住社会を支えてきたものは、土地と住宅所有と終身雇用と家族規範だ。そしてそれらを自らのものとして確保することが「人生の着地点」であり、それらにがんじがらめになることで、その地から動けずに定住者となった。定住者に向けた観光がこれまで一般的に「観光」と呼ばれてきたものだ。

しかし、そうした定住社会の歪みや苦痛から抜け出そうとする胎動がこれまでも続いてきた。土地の価格は値下がりが続き、住宅を所有しても売却ができずに空き家ばかりが増える時代となった。大企業が率先して終身雇用を廃止しようと、(中略)雇用制度を変更しようとしている。(中略)家族を作らない生き方も評価され、認められる社会になった。すべてが定住社会の歪みであり、遊動社会こそが、これからの人生の幸福の前提になろうとしていないだろうか。遊動社会とは、縛られるものがなく、住まいも生き方も全て自由な社会だ。
 
一方で、自由な社会は、安心や安定に弱い。定住社会で存在した、土地や家族や職場や学校のコミュニティが失われてしまえば安心の基盤が失われてしまう。それをカバーし、代わりに安心の基盤となっていくのがデジタルでつながった多数のコミュニティだ。例えば、LINEやFacebookやInstagramでつながった人々との距離感がぐんと縮まっていないだろうか。情報のありかや行動の動機づけが、アナログコミュニティからデジタルコミュニティへと移っていないだろうか。
 
そして、今回。新型肺炎がもたらした職場や学校のデジタルトランスフォーメーションが、人々を定住社会から遊動社会へとシフトさせる決定打となっていくだろう。(中略)
 
「満員電車の苦痛や無駄な時間、捺印のための出勤や無駄な会議等の非効率性から解放されたテレワークをやめてまで以前の日常に戻りたくない」、「授業はオンラインで実施できることが証明され、学費はキャンパスの設備・不動産代だということがわかった」という声がどれだけ多く聞かれたか。しかし、上司や教授たちの「元に戻りたい」という声に圧殺されそうになっていないか。
 
デジタルトランスフォーメーション(DX)は、非デジタル世代にとってはわけのわからないものでしかなかったかもしれないが、デジタル世代にとっては合理的かつ快適だった。今後は、どちらの世代のほうが長生きして、日本の社会を支えるかで判断すべきだし、世代論だけではなく経済合理性でも判断していくべきだ。(中略)
 
大学の授業は、オンライン化となった結果、格段に出席率は上がり、学生の学習意欲が上がった。学費を下げろという運動にも火が付いたのも、デジタルで効率化できることを学生のほうが理解していた結果だ。教授陣は頑張って授業をオンデマンド動画にしているが、学生たちは2倍速でみている。YouTuberであるサラタメさんの動画も参考にすべきだろう。(中略)
 
生活にDXが浸透するためには、30年かかると思っていたが、おそらく10年で浸透するだろう。新型肺炎禍から景気が回復する5年後には、ずいぶんと変わっていると思う。その根拠は、最多人口世代が団塊の世代からジュニア世代に完全交替し、デジタル世代が過半数を占めるようになるとともに、DXについていけない企業や大学は、残念ながらその間に淘汰されると思われるからだ。(中略)
 
終身雇用に縛られ、住宅ローンを抱える時代はもう古い。終身雇用も住宅ローンもリスクとなる。ひとつの企業に縛られず、一人ひとりの能力と人脈が生きる時代となるだろう。そうした能力の基礎を築くのが大学だ。海外の大学の先生によると日本の大学は「語り部学校」だという。まさに、語り部が自説を語るだけならYouTubeで十分だ。そうではなく、いかに生きていくための専門能力(職業能力)を身につけることができるかだ。
 
そう考えていくと、地方の観光地で働くのは、副業者でありインターンシップ生になっていく。廃業旅館は住み込み寮となり、ふたたび活用されるようになり、新たな宿泊者はそうした方々が営業してくれるようになる。働くのは日本人だけではない。
 
そして「どこでも、いつでも、働き、学び、遊ぶ」ことができる。そのインフラを提供するのが、新・観光産業であり、1泊型観光から滞在型観光へと変わっていく。それが、遊動観光革命だ。そして、その革命に向けた動きはもう始まっている。



井門隆夫(2020)「観光イノベーションで地域を元気に 第39回」『センター月報』2020年7月号

感想

井門先生が指摘するとおり、今後は自宅や職場、学校、人間関係などが流動化・オンライン化する流れが強まるのかもしれません。

なお、私自身は不勉強なため、寄稿の中で紹介されていたYouTuberの「サラタメさん」を存じ上げませんでした。書籍を紹介・解説するサラリーマンYouTuberであり、チャンネル登録者数は41万人を超える人気チャンネルとなっているようです。動画を拝見すると、話すスピード、紙芝居のような画面構成、解説の流れなど、You Tubeならではの特徴があり、オンラインでプレゼンテーションする際の参考になりました。ご覧になったことのない方は、一度、確認してみてはいかがでしょうか。