お酒の楽しみAtoZ vol.03

新潟経済社会リサーチセンターの江口です。

私どもの機関誌「Monthly」では、村山和恵氏より、お酒にまつわるコラムを毎月、ご寄稿いただいております。本日はその原稿の一部をご紹介いたします。

 

お酒の楽しみ

飲みすぎたのはワタシのせいよ

「失敗が教えてくれるもの」

(中略)

今回は恥を忍んで、私の人生の中で昔々のその昔に起こった2大事件のご紹介を含めて、お酒での失敗を考えて参りたいと思います。

(中略)

「なにかのせいではない」

「日本酒を飲むと酔っぱらうから」というセリフを過去に何度も耳にしたことがありましたし、そんな言葉とともに、日本酒を遠慮される方にも多く出会って参りました。

私自身、日本酒を楽しんで20年以上が経過する中で、楽しいことが大多数ですが、飲み過ぎて辛かったことも経験しました。その中で考えたことは、お酒の席での失敗は「お酒のせいではない」ということですし、ましてや「一緒に飲んだ人のせいでもない」ということです。

これまでの経験で、どんな飲み方をした時に失敗するかを振り返ってみたところ(記憶がおぼろげで、振り返れなかったこともありますが)、いくつかの傾向があることが理解できました。理解できましたが、同じ轍を踏むこともありました…。それは今後の記事で関連する事柄を述べたいと思いますが、結論を申し上げると失敗や辛い思いをした原因を作っているのは紛れもなく飲み手である自分だったのです。

「チャンポンすると悪酔いする」ということもよく耳にしますが、その原因の1つとしては飲み手の「行動」も関係しています。例えばビールで乾杯をし、食べながら日本酒やワインを飲み、お腹が満たされたら最終的にウイスキーをロックで飲む。といったようなことですが、これが示すものはチャンポンする人は、どんどんアルコール度数の高いものに手が伸びる傾向があるということです。「酒は百薬の長」という言葉がありますが、薬にするのも毒にするのも飲み手次第ということを胸に刻みたいと思います。

「失敗から導き出されたこと」

失敗はしないに越したことはありませんが、失敗しなければ考えなかったこともあると思います。ここでは、私にとって現時点で導き出された2つのことをご紹介し、結びとさせていただきます。

まず1つ目は、「お酒との付き合いは人付き合いのようである」ということです。人付き合いの中で、相手と自分との距離が重要であるように、日本酒(だけに限ったことではなく、他のアルコール類も同様と思いますが)も、そうであると感じています。調子に乗って距離をつめすぎると傷ついたり傷つけたり、痛い目に合うこともありますが、かといって、あまり距離を感じるようであっても寂しいものがあります。

2つ目は、「お酒は自分の状態を教えてくれる」ということです。日々、私たちの心や身体は揺らいでおり、コンディションは一定ではないと思いますが、それらを感じさせてくれるのは、お酒という存在であると思います。その日の心のモードが増幅されますので、自分がどういった気持ちで一日を過ごしたのか振り返ることができますし、酔いが早く回るようなときは、身体が疲れているのかな?などと考えます。

つまり、お酒は自分の心や身体のバロメーターなのです。


村山和恵. お酒の楽しみAtoZ. Monthly. 2021, 7月号, pp.26-27.

感想

「お酒の席での失敗はお酒のせいではない」という村山先生のご指摘には納得させられました。人は失敗の原因を自分以外に求めがちですが、お酒に関する失敗も全て自分自身の行動にあるわけです。

感染が収束した後は、この点を自覚した上で、お酒の席に臨みたい思います。