お酒の楽しみAtoZ vol.02

新潟経済社会リサーチセンターの江口です。

私どもの機関誌「Monthly」では、村山和恵氏より、お酒にまつわるコラムを毎月、ご寄稿いただいております。本日はその原稿の一部をご紹介いたします。

 

お酒の楽しみ

わたしたちと日本酒

「お神酒の存在」


農耕民族である日本人において自然との共存が何より重要なことでしたが、自然という偉大な存在を人間の力ではどうにもできないことを先人は知っていたからこそ、農耕における節目の時期に神をおまつりし、様々なご馳走を提供したり、踊りを披露したりと神をもてなすことで、五穀豊穣や災いを遠ざけるというように、少しでも神の加護を受けようとしました。

貴重かつ特別な存在であった日本酒は、神様へのお供え物(神しん饌せん)として存在し、現代に至っています。地域やお祭りによって品目にバリエーションがあるかと思いますが、米、酒、塩、水が基本となり、家庭の神棚にしてもそれは同様であると思います。そもそも米だけでも大変ありがたいものですが、そこに手間を掛けて出来上がっている日本酒は、一層ありがたいものとして捉えられていたのではないでしょうか。

しかも、酔うといった作用が解明されていなかった頃の人々にとって、酩酊するといった体験自体がミステリアスで神がかったものとして捉えられたことでしょう。だからこそ、ハレの日を演出するものとして欠かせないという側面もあったのではないでしょうか。

「節供と日本酒」

祭りの場、神をもてなす場において日本酒は欠かせないものであったことは前述によりご理解いただけると思いますが、私たちの日常生活の中でも馴染み深い「節供」についても日本酒が登場しています。節供は元々中国から伝わった考え方でしたが、それらに日本古来の風習が合わさった形で現在に至ります。五節供といわれるように節供は年に5回あり、1月7日(人日)、3月3日(上巳)、5月5日(端午)、7月7日(七夕)、9月9日(重陽)と、奇数の同じ数字が重なった日となっています(元旦は別格とされたそうです)。元来奇数は「陽」の数といわれ、縁起が良いとされていますが、陽が極まると陰に転じ悪鬼が飛び回ると考えられていたことや、農耕における節目のタイミングでもあることから、神にお供えをして、厄が降りかからぬよう、無事を祈るようなものでした。

そんな節供にも日本酒が登場するのは、例えば上巳の節供における桃花酒、端午の節供の菖蒲酒、重陽の節供の菊花酒などです。桃、菖蒲、菊にもそれぞれ意味がありますが、ざっくり申し上げるならば、それらの植物は悪いものを寄せ付けないであるとか、不老長寿といった霊力を持った植物であると考えられていたからで、それらを入れたお酒を飲むことでより祈りの効果を達成しようとしていたのでしょう。


「酒・避け・栄」

日本酒は重要な儀式でも必ずといっていいほど登場します。例えば、婚礼における「三三九度」は日本酒を注いだ杯を互いに飲むことにより血縁関係ではない人間同士の絆を固めるという意味を持ちます。その他、地鎮祭や上棟式、船の進水式などでも登場します。近年そのような儀式が時代とともに薄れているということも耳にしますが、伝えていきたい文化であると思います。

このように日本酒は、祭礼や年中行事といった「ハレ」の日に欠かせないものとして現在に至っており、それらの背景を紐解くことにより、私たち日本人が大切にしてきたことを理解でき、それもまた楽しみの一つであると考えています。

日本酒の瓶の中に入っているのは単なる液体ではなく、歴史や文化、造り手の技や想いといった目に見えないものがぎっしりと詰まっています。それらに感謝の気持ちを抱きながら日本酒をいただくと、日本酒もそれに応えてくれるように一層味わい深いものとして私たちに接してくれる気がしています。


村山和恵. お酒の楽しみAtoZ. Monthly. 2021, 6月号, pp.26-27.

感想

日本酒と伝統行事の関係に深さについて改めて気付かされました。外食が難しい時期だからこそ、「ハレの日」には日本酒と一緒にご家族で語り合う機会にしてみては、いかがでしょうか。