旅館の労働生産性向上に向けて

 

新潟経済社会リサーチセンターの江口知章です。

私どもの機関誌「センター月報」では、毎月、井門観光研究所の井門隆夫先生より、地域活性化や観光振興などに役立つヒントやアイデアなどをご紹介いただいております。

今月の「センター月報4月号」では、ある商工会議所でおこなわれた「旅館の労働生産性」に関する調査結果について、ご説明いただきました。本日はその原稿の一部をご紹介いたします。

 

新潟 旅館 生産性向上

 

労働生産性向上に向けて

 

日本における観光政策としては、物理的限界のある島国で客数を増やすことを考えるよりも、観光により国民所得を上げるという方向を目指すべきだと思う。

ちなみに、シェアビジネスは皆「副業」だ。効率的に所得を上げようという人々が関わっている。

しかし、まだ観光客数が増え続けることを前提とした右肩上がりの20世紀型の観光計画を目にすることが多い。総人口が減少する時代に観光客数を増やそうとする場合、他の地域の減少分を奪ってくるしかない。

国民所得が増加しない経済構造の時代には、所得向上につながる「新しい旅のスタイルを創造する」以外に地域が豊かになる方法はないと思うのだが、そうした計画は少ない。

この20年間で国内旅行消費は30%も減少したが、旅館業の客室数も30%減った。そのため、残った旅館の方々は「(自分の旅館は)それほど減っていない」とおっしゃるが、それは、消えた旅館の需要を奪ってきたに過ぎないのだ。

今後、イノベーションなき右肩上がりの地域観光計画は、減りゆく観光客の奪い合いに発展し、日本の観光総需要の減退につながり、地方創生の理念とは真逆に進むおそれが高い。奪ったほうは右肩上がりになったと錯覚し続けるが、奪われた地域からは需要が消滅する。

現時点では訪日外国人が増加しているので、何とか助かっている。しかし、日本には地続きの隣接国はなく、受け入れるにも物理的な限界がある。今後、「観光客は減っていく」ことを前提に計画を作るべきだと思う。

しかし、悲観することはない。「客数」を追わなくてもよいビジネスを創造すればよいのだ。

 

2.豊かな民宿、消える民宿

地域で宿泊業の調査を行うと、ひとつ気づくことがある。それは「民宿」の「豊かさ」だ。

民宿の特徴は、家族経営の個人事業であることや、家族の誰かが兼業していること、経営者自らが調理場に立つこと等がある。しかし、一方で、通年での稼働率は30%程度と低く、営業はOTA任せの宿が多い。

そうした意味では改善余地も少なくないのだが、経営者はそれほどまでにがつがつしていない。それもそのはず、売上高は大きくなくとも、人件費が低いので、償却前営業利益はきちんと出ているのだ。減価償却費を計上しているために純利益はゼロに近いが、税金対策としてはそれでよい。第二、第三の家族収入もあるし、食卓はまかないで事足りるので、所得は十分だ。

「もう少し楽ができないものか」という悩みはあるが、幸せそうだ。こうした宿が、無理に数を追おうとしてしまうとどこかで歪みが生まれる。家族だけで経営できる小規模を維持したまま、少しずつ高級化して単価を上げていくか、単価は据え置きリピーターで常にいっぱいの宿を作るかのいずれかが繁盛の鍵だ。

一方、20世紀の宿は、規模を大きくすることで地域経済に貢献してきた。しかし、長きにわたり人口が減少する時代には、供給過剰分の宿が減ることにより、パイが保たれるのは前述したとおりだ。しかし、その影響で消える一つの業態が、民宿だ。その結果、地域の「一人当たり所得」は減ってしまうのではないかというのが私の懸念だ。

「客数を追わねばならない」業態と「客数を優先しなくてもよい」業態。地域では、前者が生き残り、後者が消えていく。しかし、数が増えない時代、いや正確にいうと、数を増やしてもごく一部の(それも地域外の)資本家の懐に消え、地域の所得にならなくなりつつある時代には、将来の地域の豊かさのために、「客数」だけを追うことなく、「単価」と「泊数」と「訪問回数」を追うべきではないか。

そのために、例えば、灯の消える民宿があれば、大旅館に勤務する方々が独立をして、民宿の経営者となり、所得を維持・向上していくことを考えることはできないか。そのために、法人成りして事業譲渡する等、M&Aの手法を展開できないだろうか。大旅館の役割は、他から需要を奪うことではなく、人を育て、のれん分けし、定住につなげることだ。地域の学校の役割は、将来の独立を見据えて優秀な人材を大旅館に就職をさせることだ。

 

3.地域経済のために民宿を残す

 

人は、観光資源は一度みれば十分だが、その人に会いに行くという目的であれば、何度でもその地に通う。そこで仕事があるなら、滞在もする。地球上の経済が成長しているのであれば、単価を高めていくことも理にかなう。

なかなか日本ではそうならず、逆方向に動いている気がする。旅の目的が「人に会いに行くこと」(観光の世界ではVFR:Visiting friends and relativesと呼び、旅の大きな目的のひとつ)、あるいは「人と仲良くなること」だと気づかずに、20世紀型の「客をたくさん収容できる」ハコモノ観光ばかりが未だに推進されている。数を追うために、安いホテルばかりが新設される。

将来、日本の人口に近い観光客を全て受入れようとするなら、ゆくゆくは日本各地がオーバーツーリズムの弊害に悩み、観光と定住策は対立し、地域の豊かさ3.地域経済のために民宿を残すとは正反対に向かうことになるだろう。そうした観光を推進する裏側では、必ず、地域外の資本家が儲かる仕組みになっている。

『千と千尋の神隠し』に出てきた「カオナシ」のように、客数を追う地域や旅館をどこまでも太らせ、最後には地域外の巨大資本がさらっていく。地域の経済循環を消し、中央がコントロールしようとしている。

資本主義はいきつくところまでいきついた感じがする。シェアエコノミーは、それを感じ取った国民の知恵の結晶ではないだろうか。

ケインズは、1930年に「2030年には労働時間は週15時間になっているだろう」と予測した。なかなか、そうした現実はみえてこないが、経済は、その方向―所得を確保したうえで、いかに労働時間を減らすか―に向いていると思う。今後はテクノロジーを駆使し、「売り上げが減っても、人件費を減らし、利益を維持していく」時代になり、一人ひとりが独立して生きる時代になるだろう。何に投資をするかといえば、今後はサービスを代替するテクノロジーになってくる。

シェアエコノミーはまさにそうした時代に生まれた新ビジネスである。客数を増やすのではなく、所得を増やす観光政策を作ろうと考えると、地域観光はうまくまわると思う。そして、民宿が残るようになり、地域の定住にもつながっていく。

国連は、経済成長のために「持続可能な観光」を説いている。SDGs(持続可能な開発目標)の169の目標のひとつとして、持続可能な観光を実現するために「2030年までに、雇用創出、地元の文化・産品の販促につながる持続可能な観業を促進するための政策を立案し実施する」と。これが「客数を追う観光」なのか「客数以外を目標とする観光」なのか、地域観光を立案するDMO等は考えるきっかけにして欲しいと願っている。

 

井門隆夫(2018)「観光イノベーションで地域を元気に 第13回」『センター月報』2018年4月号

 

 

感想

旅館だけではなく、サービス業全般に当てはまるご指摘が多かったように思います。特に、情報機器の活用が生産性向上には欠かせないのだと改めて実感しました。