コミュニティ・ビジネスで地域活性化 その1

 

新潟経済社会リサーチセンターの尾島です。

本日は、コミュニティ・ビジネスの新潟県内での取組事例について、ご紹介いたします。

 

コミュニティビジネス

 

コミュニティ・ビジネスとは?

全国で、国が進める「まち・ひと・しごと創生総合戦略」に沿った地方創生の活動が広がっています。なかでも地域の課題を地域住民が主体的に、ビジネスの手法を用いて解決するコミュニティ・ビジネスが地方創生の取り組みとして注目されています。

コミュニティ・ビジネスの活動の担い手としてはNPO法人が多いですが、個人、株式会社、組合など様々な形態があります。活動分野としては、「まちづくり、環境、介護・福祉、IT、観光、地域資源の活用、農業、就業支援」等、地域コミュニティ社会全般に広がっています。

参加する人は、「コミュニティに貢献するという使命(いわゆるミッション)」をもち、利益だけを目的とするのではなく、地域への利益還元を行ないます。また、その活動は自発的に参加する住民によって継続的に行なわれています。コミュニティ・ビジネスには、地域に雇用の場や仕事を創出し、関わった人の多くが「生き甲斐」や「喜び」を活動の動機としています。また、地域の課題解決や新しいまちづくりに貢献しており、地域活性化の方法としても期待されています。

一方で、地域の課題とその解決策としての具体的な事業がうまくつながらず、失敗するケースも多いです。

コミュニティ・ビジネスに成功するためには、行政や中間支援機関などにコーディネーター役として関わってもらうなど、まず関係者の意思統一を図り事業内容を明確にするための工夫が求められます。そして継続的な事業が行なえるような仕組みづくりと市民活動組織など他の事業者との協働が不可欠です。

 

地域の資源を生かして地域活性化

次に、創設から20年近くコミュニティ・ビジネスの創業支援を続けている県内の中間支援機関の事例をご紹介します。

NPO法人 都岐沙羅パートナーズセンター(村上市)

NPO法人 都岐沙羅パートナーズセンター(村上市)の設立は2002年3月。会員数は40名、賛助会員が99名となっています。

 

~設立のきっかけ~

1995年に日本海沿岸東北自動車道(現日本海東北自動車道)の村上延伸が決まると、地元では地域の活性化が期待された一方で、大都市圏との時間が短縮し、大型店舗の進出による地元商店街への影響や若者の流出などのストロー現象が懸念されました。

99年には新潟県が独自施策として実施していた「ニューにいがた里創プラン(以下里創プラン)」の支援制度を利用し、村上市、関川村などの7市町村(当時)で構成する岩船広域事務組合が、地域活性化計画を策定しました。この計画では、地域資源を活用したコミュニティ・ビジネスの創出と、それを支援するための中間支援機関として都岐沙羅パートナーズセンターの開設が位置づけられ、実行に移されました。

 

~コミュニティ・ビジネスの創業支援~

センター事業としては、コミュニティ・ビジネスの立ち上げを目指す人に対して事業アイデアの段階から相談にのり、創業から事業化にいたる各段階での支援を行なっています。村上岩船地域の当時の人口は約8万人程度だったため、事業アイデアを持ったビジネス予備軍のプランを審査で振り落とすのではなく、マラソンの伴走者のように見守ることで起業意欲のある人の事業プランを芽の段階から創業に至るまで支援してきました。

対象者の発掘には、自治体の窓口で得られた相談情報を活用して官民共同で取り組むことで、当センターの信用度を高め、有効な展開に導くことができました。

 

企業の段階別支援内容

 

~個人の夢を叶えるコミュニティ・ビジネス~

最初は個人のアイデアレベルの着想をコミュニティ・ビジネスとして創業からステップアップするまで支援するために、アイデアを具体化する準備期間を「種まき部門」と位置づけて個人の夢が叶えられるよう支援を実施しました。

さらに、試作品づくりや実験販売などの実験期を「発芽部門」、実際に開業する創業期を「開花部門」、そして事業の拡大を図る拡大期を「成長部門」とし、各段階に応じた個別の支援を行なった。植物の種子が発芽し、成長して大きな花を咲かせるように、事業のアイデア段階からビジネスとして成長するまで、切れ目のない支援を提供しています。

 

~創業の仕組みづくりとその成果~

補助金のともなう里創プランとしての事業展開は、2007年で終了しました。この間に村上地域では、町屋のお人形様巡りが地域住民主導で立ち上がったほか、ソチと平昌の2つのオリンピックで銀メダルを獲得した村上市出身の平野歩夢選手(スノーボード)も練習した屋内練習場の建物修繕費用を助成するなど、地域の将来に繋がる事業に取り組んできました。また、高齢者の手仕事や伝統技術の事業化(はつめの会/さんぽく生業の里)、廃校を活用した食堂の開設(食堂IRORI)、空き店舗を活用したコミュニティカフェの開業など、様々な事業が創造されました。長年にわたるこうした取り組みが高く評価されて2017年には「第7回地域再生大賞」の最高賞である大賞を本県では初めて受賞しました。

 

シェア&セッション~若者異業種交流会(写真)ブログ「つきさらの元気ななかまたち」より

シェア&セッション~若者異業種交流会(写真)
ブログ「つきさらの元気ななかまたち」より

 

~中間支援機関としての今後の役割~

現在では、事業の卵を孵化させるインキュベーターとしての同センターに対する地域の理解が進み、住民が地域の課題に積極的に関わろうとする気運が徐々に育まれつつあります。しかし、時代とともに、地域の課題も変化している。過疎化が進み猿害などによる作物被害から、山間地域では軽トラックによる野菜類の移動販売を実施し大きな反響があった。また新たに減少する若者の定着支援の活動を実施しています。

今後予想される地域の課題に対して、行政任せにするのでなく、行政と連携して地域住民が主体的に取り組む継続事業の必要性は今後ますます高まっています。

中間支援機関としての同センターの存在は地方創生のひとつのあり方であるといえるのではないでしょうか。

 

まとめ

今回は、中間支援機関をご紹介いたしました。具体的に取組事例については、少し長くなりましたので、後日、改めてご紹介いたします。

 

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『センター月報』2018年6月号の「地方創生に向けた、地域の取り組み」を加除修正いたしました。